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動画作成しました

静止画のスライド形式ですが まんぼう画会展 宮城示現会展 玲奈6年生 と3本作成ユーチューブに公開
face bookにも公開します まだ初心作ですがご覧ください
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まんぼう画会2014展画集

かほく・まん展2014-a (351x640)-c

かほく・まん展2014-a

かほく続報

巻comまん展

巻com       まんぼう画会展
巻com

巻c0mfacebook (524x309)
DSC01830 - コピー (1024x505) (629x499)
 巻.com 武山さん撮影

尾形はがき巻com (519x377)
  巻.com 武山さん撮影

DSC01848 - コピー (640x548)
アクリル 東城照夫

P1030973 (1024x765) (640x478)
水彩 グァッシュ 尾形たき子

DSC01850 - コピー (2) (640x575) (520x467)
 水彩 アクリル 木村百合子

P1030972 (520x471)
 油彩 橋本和也

P1030974 (520x386)
鉛筆   アクリル  東城照夫

DSC01833 (640x602) (520x489)
 アクリル 東城照夫

P1030952 - コピー (3) (724x715) (640x632)
 油彩 奥田光男

P1030952 - コピー (4) (741x791) (600x640)
 油彩 奥田光男

半澤
日本画 半澤裕子

まんぼう画会展2014は ぎゃらりー東城  
 でもご覧になれます

まんぼう画会展2012

001 (496x530)

まんぼう画会ブログ更新をしばらく休んだので2012年からの分を取り込みます。少々もたついて時間がかかります。宮城示現会展25回記念仙台展の準備で忙しいのでお待ちください。

2014年の画展は私の別のブログ ぎゃらりー東城 の方に公開しました。


2012年まんぼう画会展

P1020168 (1024x585)


P1020193 (907x922) (630x640)

P1020172 (1024x762) (427x408)

P1020164 (1024x479) (472x467)

P1020163 (1024x562) (485x548)




P1020171 (1024x763) (2)

P1020171 (1024x763) (495x495)

P1020169 (762x800)

P1020173 (1024x616) - コピー

月例会野外写生


レイアウトミスをしたので移動再掲しました
2010年   
4月25日久しぶりの好天。今日の例会はクロッキーの予定だったが、
日和山観桜写生に変更。

日和山花見写生  
公民館から歩いて10分標高差50メートル位の山に登り桜と下界を展望。

花見客も大勢来ていた

日和山写生20100425讃岐  椿の咲く木の間から河口を描く。 

雄勝硯伝統産業館

硯伝統産業会館w 玄関 1階内部 中庭

武田先生、玉井さん、私、と遺作展、回顧展開催でまんぼう会に縁の深かった展覧会場が全壊した。文化センターもだめになり困ったことだが、舞台部門の人たちよりはナリサワが残っただけ救われた

テーマ : 東北地方太平洋沖地震
ジャンル : 日記

頑張っぺ!石巻

6月23日 石巻かほくに載った記事。まんぼう画会副会長橋本和也さんの弟さんでプロカメラマン。
石巻かほく

                                石巻かほく  三陸河北新報社

以下は下記のブログからの転載。
春風社 港町横浜よもやま日記

頑張れ!ふるさと石巻 6
6月 2nd, 2011

4月21日、湊第一小学校の体育館では湊第二小学校と合同の始業式が、音楽室では入学式と入園式がおこなわれた。
始業式の校歌はふたつ。子供たちはマスクをしたまま「太平洋は呼んでいる~」と、静かに歌った。
新入生は22名。一人の若いお父さんが亡くなった妻の遺影を両手にしっかり持っていた。
若い母親は、大地震直後、魚市場近くの水産加工場から車で、一粒種の娘を迎えに幼稚園に駆けつけた。途中の渋滞を大津波が襲った。卒園式の前日だった。
車のナンバーから一週間前に発見された。死化粧の母を見た少女は、「お化粧はママのほうがうまいよ」と言った。(橋本)


頑張れ!ふるさと石巻 5
6月 1st, 2011

4月20日、炎上した門脇(かどのわき)小学校へ行った。正面玄関に燃え尽きた3台の乗用車。近くにトランペットが一つ光っていた。校庭には、焼けただれて茶色になった車がうず高く積まれていた。
小学校は町に「時」を刻んだ。運動会の行進曲。放課後の子どもたちの喚声。下校時間を知らせるスピーカー。
門脇小学校三年生の涼風真世ちゃんが北海道へ転校のとき、友達が手を振って見送ってくれた教室の窓…赤いランドセルの少女は、振り返って手を振り、先生にお辞儀をしただろう…その校庭がやがて宝塚の大舞台に…。
石巻には今も、行方の判らない方が2700人余りいる。(橋本)


石巻市門脇小

石巻市南浜町から門脇小を望む

橋本ブログ_fig3

燃えながら流れてきた家が校舎にぶつかり延焼

頑張れ!ふるさと石巻 4
5月 25th, 2011

4月7日、気になる北上川追波(おっぱ)河口へ行った。右岸の釜谷(かまや)、大川地区は瓦礫と化し目を覆うばかり。河口最先端部の長面(ながづら)尾埼(おのさき)は浸水のため一般車両は通行止め。
対岸(左岸)の吉浜(よしはま)や十三浜(じゅうさんはま)は、自衛隊の車両もパンクするというのでとても行けない。
北上大橋左岸部(橋浦)の橋梁の一部は上流へ流され、右岸堤防は決壊し、地面はえぐられ、住居はその土台まで破壊されていた。
。(橋本)

十三浜

石巻市北上十三浜。 近くの石巻市北上支所は全壊。吉浜小は3階まで水没、
平屋の飯野側高校十三浜校は流失。対岸の大川小学校も屋根まで水没。


頑張れ!ふるさと石巻 3
5月 24th, 2011

河口から2.6キロほどのところに位置する、北上川右岸辺りの兄の2階建て家屋は、1.3メートルほどの浸水。1階床を4~10センチのヘドロが覆った。
遺体捜査の自衛隊ヘリコプターが連日川面を低空飛行する3月末から10日間、ヘドロ掻きだし、ゴミ出し、清掃にいそしむ。消石灰を撒き終えたときはホッとした。
断水と停電のなか、支援のおにぎり をおじやにし、インスタントラーメン
を食す。自然解凍のホヤがさらに活力を与えて くれた。
石巻市牡鹿半島先端部の鮎川港は1.2メートル、市平均78センチ地盤沈下した。(橋本)

頑張れ!ふるさと石巻 2
3月 30th, 2011

ふるさと石巻が大変なことになった。肉親の安否が分からない。河口西側の市民病院は水没。
ひばり野海岸に面した南浜町、門脇地区、河口東側の川口町、魚市場や湊地区は津波による壊滅の情報のなかで、避難所の様子がテレビに映った。
 兄に違いないという知らせ。一週間ほどで肉親家族の無事が何とか確認できた。
 地震から16日目の27日未明に石巻に着いた。市内はまるでスクラップ状態だ。
 これはなんだ! なんとも酷い! 魚市場からその日全国に向けて発送する魚を積んだトラックを出発直前に津波が襲い、膨大な量の魚が一帯に投げ出された。
 日数が経ってその臭いが強烈な川口町や湊地区では、ところどころに炊き出しに人が集まり、崩れた自分の家から使えるものを拾う人々の姿が見られた。
 人気の無い倒壊家屋の窓のカーテンが風に煽られバサバサと音を立てた。
この状態から日常を取り戻そうとするふるさとの人々の営みを、身近なところから写真に収めたい。(2011.3.29 橋本照嵩)

漁港

石巻漁港

頑張れ!ふるさと石巻 1
2011, 3月 29th


 春風社から写真集『北上川』を出したカメラマンの橋本照嵩さんは宮城県石巻市ご出身です。今回の東日本大震災では大きな被害を受けました。
 橋本さんは26日、27日の二日間、知人の車に同乗させてもらい、石巻に入り、惨状を目の当たりにしてきました。
 『北上川』に写っていたふるさとが見る影もありません。メガネを二重に掛けた橋本さんのお兄様の表情は、はぐれてしまった三つ子のそれです。
 「ぼこちゃん」の愛称で親しまれている弟様ご夫婦が営む橋本さんのご実家「横浜屋」の前は瓦礫の山です。  「ぼこちゃんのお兄様ですか。ぼこちゃんに似てますね」と、近くにいた人から声を掛けられたそうです。
橋本さんは、これから定期的に石巻に帰り、ふるさとの人々が立ち上がっていく姿を写真に撮りたいと語ってくれました。そのつど、ここで紹介したいと思います

広小路

石巻市広小路 横浜屋は橋本実家

まんぼう会報

         まんぼう画会 会報       2011.5.
会員各位          
                         会長 東城照夫
この度の大災害 心からお悔みお見舞い申し上げます。
               お知らせ
 会員の大多数が絵画制作不能状態になりました。
例会会場の使用が困難になり、会の活動が暫くは不可能と
思われますので当分休会にします。
写生旅行、展覧会も中止です。先ず生活環境の復活に
全力を挙げましょう。
 
雅昭さんが自宅近くで津波に巻き込まれて逝去。
5月11日法山寺で密葬。尾形さんが夫妻で参列。
讃岐さんが娘さんのいる東京都国立市に転居。
会からそれぞれにお悔み、餞別をさしあげました。

 生活が落ち着き次第、小品、スケッチでも良いから
描き始めましょう。
秋には野外写生の案内を出したいと思っています。
関東大震災、東京大空襲、仙台空襲、広島、長崎原爆、
阪神大地震などのその後の復興を果たした先輩方を思えば、
我々も同様に耐え難きを耐えて再生復興出来る筈です。
 

大津波新聞写真 河北、石巻かほく、読売、朝日から。

祖母と孫の生存ニュース
この少年の母は中学校での教え子で、千葉にいる娘の高校時代の親友。


奇跡 門脇2丁目
門脇町は故阿部清八元会長宅があった。TVで見ると
周りは文化センターと市立病院しか残っていない。
今日4月3日日和山から見ては更地状。階段を下りて行ったが
瓦礫で塞がれ道路がない。

東城照夫web日記・関連記事と写真 



門脇町5丁目の少し山に上がった所で絵画教室を開いていた
女子高同期の末永(荒川)さんの家は津波を避けたのに
間もなく起きた近所の火事で類焼。
火は山の根に津波で寄せられた多くの車が潰されて流れ出たガソリンに次ぎ次ぎ移り残骸を長さ1kmくらい燃やした。
門脇小校庭に流れ込んだ車と家が同様に燃え上がり校舎まで全焼させた

船が2階の窓に  園児送迎バス 日和幼稚園バス 園児送迎バスの背景は門脇町と南浜町と思われる。
その向こう南光町に故武田創立会長宅がある。全壊した製紙工場の隣りだ。
4月3日見舞いに行く。工場の塀を破って再生紙原料の古紙の束(太さ1m長さ2m)が多数流出してきて武田先生の家の門柱、玄関、1階を突き抜けた。
武田宅前 門柱・植木が倒され塞がれ入口が無い。
裏から入って見たら広い庭も瓦礫でいっぱい。東城撮影
武田先生宅ーss 水を含んで2トン位の重量になった古紙塊が
1階内部で暴れた。東城撮影
作品展示室のアトリエは2m水没
旧宅の隣に息子さんが建てた新しい家も2m浸水した。
ピアノが駄目、ワゴン車も屋根まで水没。

南光町には元会員大和きよ子さんの家もあるし、
中学とカルチャー油絵教室の教え子二上謙二郎君もいる。

中瀬 中瀬北部にある宇宙船みたいな石の森萬画館も1階は泥だらけ。 
中瀬の南部にはシーフレンドという名の遊覧船とレストハウスがあった。
遊覧船はヨットなどと一緒に内海橋に乗っかり、
レストハウスは2階部分だけがハリストス教会の脇まで300m流された。
あと僅かで川に落ちるところで止まっている。
左下に写っている父娘.畑山しるくちゃん(湊中1年)
は蛇田、吉田保育園での絵の上手な教え子。
中瀬-ss 4月3日 日和山から中瀬を東城撮影

湊では会員の讃岐さん夫妻の家は平屋だったので
流しの上の湯沸かし器の上に逃げた。少し水が引いてからテーブルの上に箱を置き
其の上で濡れた服のまま真っ暗な1夜を明かしてから湊小4階に避難。

吉野町2丁目 御所の入り
吉野町2丁目(左手奥に讃岐さんの家)石巻かほく掲載

湊小ーss 4月3日東城撮影 
避難所になった湊小学校が奥に見える。
近くの川岸に同級生で同僚だった佐藤夫妻の家があったのだが。

会員加納さんは2階でずっと籠城。停電と電話故障で通じないから心配した
住吉小近く、堤防の無い川岸にいる橋本副会長は
幸運にもその日、蛇田の旧宅に夫妻で行っていた。
堤防近くの平塚さんは住吉中学校に避難。
渡辺さんは立町で働いていたので湯殿山の階段を駆け上った。
家は水明町だから冠水、
同町の皆川さんは車3台のうち2台が駄目。
石巻市立町 車の下にピアノ 立町の楽器店からピアノが流出、車が乗り上げる。

野蒜で脱線 地震で停車、乗客避難後津波で脱線、近くの野蒜小に突っ込む。野蒜小学校体育館に避難した人たちは3mの浸水でギャラリーに逃れたがおぼれた人とその夜の寒さで凍え死んだ人が20人くらいとか。 
野蒜脱線事故の線路そばに宮城水彩画会参与、石巻水彩画会顧問の
佐々木静江さん宅、故阿部鉄三さん宅がある。
静江さんの弟子手代木りつ子さんはご主人と共に亡くなった。
他の野蒜水彩教室の生徒達はどうなったか。

o女川町役場から-ss このあと更に増水。役場4階でも駄目。
向かいの生涯教育センターも5階まで浸水。
津波に呑まれる寸前  屋上に逃げても駄目だった人々。(この後流された)oマリンパル女川-ss マリンパルの4階も駄目。
  電柱にガスボンベ 電柱にガスボンベが?ここは坂の上
o女川港-ss 女川港  o女川浜-ss 女川浜
女川には黄土展。市美展、河北展の貝広さんがいる。
町役場の4階の窓まで津波が来たそうだから、助からないか?
 

テーマ : 東北地方太平洋沖地震
ジャンル : 日記

阿部雅昭さん情報

グーグルの災害情報で検索した。

雅昭さん情報

テーマ : 東北地方太平洋沖地震
ジャンル : 日記

石巻地方大津波

石巻の情報をブログで発信している人がいました。渡波出身 筑波大学情報科学科  石森大貴さん 1990年生まれ

石森さんのブログから
気になるコト 20日現在のまとめ 石巻周辺


上掲のブログの写真から5枚を抜き出し、私のコメントをつけさせてもらいました。

石巻工業港から津波が大通りを真直ぐここ中浦橋まで車などを流し込んだ。

中浦橋のたもと? 1 カメラのキタムラ 2 大街道西 3
 
バイパス 4  石巻駅-仙石線 5
3枚目もその近く大街道西。4枚目はバイパス工業高校の近く
5枚目線路左側の駅前北通りには会員千葉さんがいる。近くの樹木の葉に
冠水泥の痕が私の顔の高さまであった。
息子さんがスェットスーツを着て泳いで自衛隊のボートを呼んできて
90代の両親を中里小まで避難させた。テレビもパソコンも冷蔵庫も駄目。

この踏切南側の清水町に高校時代演劇部で女子高同期の人の家があり、訪ねた。
高校先輩83歳のご主人と77歳の彼女も息子がスェットスーツで自衛隊ボート
を呼びに行き山に避難したと。玄関から船に乗ることができたなんて。


twitter #ishinomakiさん
#ishinomakiのリアルタイム結果

テーマ : 東北地方太平洋沖地震
ジャンル : 日記

大津波で消息不明の会員が。

大地震で10日も停電断水し電話、PC 不能。
ケイタイしか連絡手段なし。ガソリン心細く、まだ強い余震と津波の恐れありと。
(北西端にある「あけぼの」「向陽町」は被害が少なく復旧が早かった。
中心部は29日現在も給水タンク車から水を貰っている)

我が家の近辺は幸運にも冠水を免れたが、市の中心部へ自転車で
行こうとしても水と泥と流失物で無理。
テレビも新聞も無くケイタイを持っている人とだけの情報交換が続く。
1週間後から新聞を販売店から貰ってくる事が出来た。

20日夕方我が家にも通電、給水が届き電話が忙しくなる。
ケイタイが無い人への普通電話の連絡を始める。
まんぼう画会会員でまだ不明の人は

阿部雅昭 緑町1丁目 漁港の東、直撃を受けた筈。
      すぐ北にあるヨークベニマル近くにに車が残っていた。

ネットで避難者名簿をいくら繰り返し見ても無い。
まだ人数の報告だけで名簿が公開されていない避難所が
半数くらいある。
新聞に毎日追加される死亡者名簿も見た。

(今日29日ネットで雅昭さんの家族の名前を検索したら避難所の
名簿写真のアップがあった。
姪の方が探し出し20日に公開したのだった。
そして昨日28日遺体安置所で奥さんが確認したと聞いた)

永沼幹事は自転車で会員の家庭訪問を続けている。

テーマ : 東北地方太平洋沖地震
ジャンル : 日記

まんぼう画会年間計画

2011計画 昨年度は中央公民館と市庁舎の両方を利用したので、月4回の時もあり忙しい感があった。今年は旧来型に戻して月2回とし、公民館は使わないことにした。

志賀一男作品展鑑賞と万葉の森写生会

今日の例会は17人4台の車に分乗して日帰り写生。
写生の前に大和インター近くの大衡村ふるさと美術館で
志賀一男宮城水彩画会会長の作品展を鑑賞。
志賀個展チラシ

日本水彩画会展受賞作他 日展入選の100号の版画群


KC3P0065-w.jpg KC3P0067-w.jpg KC3P0064-w.jpg KC3P0066-w.jpg

近くの遊歩道に入り万葉の森を写生


KC3P0069b.jpg

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

まんぼう画会展会場2010

KC3P0029.jpg ナリサワ2階 会場受付 
    
猪股遺作 猪股遺作3点と遺族の方々

KC3P0003.jpg  
河北美術展入選作品3点並べて、
右から(尾形80号・皆川80号・讃岐60号)


KC3P0009.jpg 
右から讃岐60号河北展作品。東城60号示現会展作品

KC3P0006.jpg  KC3P0005.jpg  KC3P0007.jpg  KC3P0008.jpg


まんぼう画会展目録2010

24名の会員の内1名不出品。1名6月1日逝去で遺作出品
80号以下70点の出品。うち油彩は4点。

まんぼう画会展案内

まん展2010

テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : 日記

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

公民館での例会風景

静物写生
石巻中央公民館の3階で毎月第2、第4の日曜日1時~5時
静物写生を中心に勉強している。
2011年からは公民館を使わず市庁舎5階市民ルームで活動している。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

2010まんぼう画会活動計画

2010計画aa
2010計画2a

テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : 日記

まんぼう画会活動報告2009

まんぼう報告2009

武田先生遺作展

まんぼう画会メンバー 2009年6月 初代会長武田先生遺作展を鑑賞する。
雄勝硯伝統産業館1階で展示。

武田遺作展スナップ写真へ


今村正誼氏のブログから転載
今村2
今村武田

水浜
雄勝の隣の水浜で写生

まんぼう画会とタイトルを変更 します。  


まんぼう画会のホームぺージを作ろうとしたが、失敗を繰り返して
疲れたので諦め、ブログ型に切り替えることにした。
ブログも多すぎて混乱して来たので、増やさずにタイトル変更で
良しとする。
KC3P0052-w.jpg 2010七ヶ宿水芭蕉写生 手前は尾形さん
カラオケ-w 展覧会打ち上げ反省会や忘年会2次会では
有志のカラオケパーティが定番   

2008まん展記事 2008まんぼう春季展 石巻河北記事

まんぼう0611ポスターimage  2008まんぼう画会展ポスター
(絵は尾形たき子作品水彩20号) 

07まんぼう展5-w 2008展覧会会場 ナリサワギャラリー
右2点橋本和也副会長100号作品(東京旺玄会展出品)

2005まんぼう画会展 ナリサワギャラリー
05春展2b   DSCF0004 (1)-w 前副会長 郷家 豊作品(水彩60号)

2005県民文化祭 遊楽館
玉井 前会長 玉井 豊 
羽黒山から日和山を望む 水彩50号
 
永沼-船 前事務長 永沼紀男 石巻新漁港 油彩50号 
05naganuma.jpg  永沼紀男 北上川河口の夜景 油彩50号
おおつか 大塚博正 石巻の老舗陶器店 水彩30号 

テーマ : ブログ始めました
ジャンル : 日記

姫路城の保存から

今朝TVで姫路城の奇跡的保存の話を見た。
解体修理の時に判ったのだが江戸時代にはほぼ20年毎に
修復していた。伊勢神宮の遷宮と同じ周期だ。

短い様に感じていたが、宮大工の技術伝承を考えると
これ以上長くは延ばせない。若い時期に実地指導を受けた者が
40代になり中心になって働く、60代の長老が責任を取り
指揮、渉外にあたる。

宮大工に限らない。現代の技術の伝承も同じ。日進月歩で回転が速く
なっているから10年周期になるか。
これを忘れると停滞、断絶、忘却、消滅、と続く。
だから各年代の者が揃っていて、それが終身雇用されていて初めて
貴重な技術の伝承が可能になる。

いま景気が悪いからと新人採用をせずにいると
そのうちにその企業は断絶、消滅の運命が待っているぞ
姫路城


テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

またまた新規にブログを始めました

作品集

以前gooの無料ホームページに書いていたが閉鎖になって
goo「東城照夫の日記」に引っ越しをした。

最近同じようなブログgoo「東城照夫web日記」をつくったら
混信して古い方の編集ができなくなった。

ほかにgoo「照夫のお絵描き帖」goo「東城画廊」も同様になった。
仕方なく古い方を新しい方にまた引っ越しをしている。

gooが使いやすくても複数作るのはだめになったらしい。
そこで全然別なブログを作ってみた
。>

テーマ : 雑記
ジャンル : 日記

プロフィール

みやぎのルノアール

Author:みやぎのルノアール
宮城県石巻市の絵画愛好会です。昭和47年から写実洋画中心に研修、発表を続けています。
津波で市美術展、市文化祭の会場になっていた文化センターが廃墟になりナリサワ文具店2階しか
展覧会場がなくなりました。復活まであと10年辛抱します。
会長 東城照夫
宮城県石巻市向陽町2-26-14

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