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月例会野外写生


レイアウトミスをしたので移動再掲しました
2010年   
4月25日久しぶりの好天。今日の例会はクロッキーの予定だったが、
日和山観桜写生に変更。

日和山花見写生  
公民館から歩いて10分標高差50メートル位の山に登り桜と下界を展望。

花見客も大勢来ていた

日和山写生20100425讃岐  椿の咲く木の間から河口を描く。 
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頑張っぺ!石巻

6月23日 石巻かほくに載った記事。まんぼう画会副会長橋本和也さんの弟さんでプロカメラマン。
石巻かほく

                                石巻かほく  三陸河北新報社

以下は下記のブログからの転載。
春風社 港町横浜よもやま日記

頑張れ!ふるさと石巻 6
6月 2nd, 2011

4月21日、湊第一小学校の体育館では湊第二小学校と合同の始業式が、音楽室では入学式と入園式がおこなわれた。
始業式の校歌はふたつ。子供たちはマスクをしたまま「太平洋は呼んでいる~」と、静かに歌った。
新入生は22名。一人の若いお父さんが亡くなった妻の遺影を両手にしっかり持っていた。
若い母親は、大地震直後、魚市場近くの水産加工場から車で、一粒種の娘を迎えに幼稚園に駆けつけた。途中の渋滞を大津波が襲った。卒園式の前日だった。
車のナンバーから一週間前に発見された。死化粧の母を見た少女は、「お化粧はママのほうがうまいよ」と言った。(橋本)


頑張れ!ふるさと石巻 5
6月 1st, 2011

4月20日、炎上した門脇(かどのわき)小学校へ行った。正面玄関に燃え尽きた3台の乗用車。近くにトランペットが一つ光っていた。校庭には、焼けただれて茶色になった車がうず高く積まれていた。
小学校は町に「時」を刻んだ。運動会の行進曲。放課後の子どもたちの喚声。下校時間を知らせるスピーカー。
門脇小学校三年生の涼風真世ちゃんが北海道へ転校のとき、友達が手を振って見送ってくれた教室の窓…赤いランドセルの少女は、振り返って手を振り、先生にお辞儀をしただろう…その校庭がやがて宝塚の大舞台に…。
石巻には今も、行方の判らない方が2700人余りいる。(橋本)


石巻市門脇小

石巻市南浜町から門脇小を望む

橋本ブログ_fig3

燃えながら流れてきた家が校舎にぶつかり延焼

頑張れ!ふるさと石巻 4
5月 25th, 2011

4月7日、気になる北上川追波(おっぱ)河口へ行った。右岸の釜谷(かまや)、大川地区は瓦礫と化し目を覆うばかり。河口最先端部の長面(ながづら)尾埼(おのさき)は浸水のため一般車両は通行止め。
対岸(左岸)の吉浜(よしはま)や十三浜(じゅうさんはま)は、自衛隊の車両もパンクするというのでとても行けない。
北上大橋左岸部(橋浦)の橋梁の一部は上流へ流され、右岸堤防は決壊し、地面はえぐられ、住居はその土台まで破壊されていた。
。(橋本)

十三浜

石巻市北上十三浜。 近くの石巻市北上支所は全壊。吉浜小は3階まで水没、
平屋の飯野側高校十三浜校は流失。対岸の大川小学校も屋根まで水没。


頑張れ!ふるさと石巻 3
5月 24th, 2011

河口から2.6キロほどのところに位置する、北上川右岸辺りの兄の2階建て家屋は、1.3メートルほどの浸水。1階床を4~10センチのヘドロが覆った。
遺体捜査の自衛隊ヘリコプターが連日川面を低空飛行する3月末から10日間、ヘドロ掻きだし、ゴミ出し、清掃にいそしむ。消石灰を撒き終えたときはホッとした。
断水と停電のなか、支援のおにぎり をおじやにし、インスタントラーメン
を食す。自然解凍のホヤがさらに活力を与えて くれた。
石巻市牡鹿半島先端部の鮎川港は1.2メートル、市平均78センチ地盤沈下した。(橋本)

頑張れ!ふるさと石巻 2
3月 30th, 2011

ふるさと石巻が大変なことになった。肉親の安否が分からない。河口西側の市民病院は水没。
ひばり野海岸に面した南浜町、門脇地区、河口東側の川口町、魚市場や湊地区は津波による壊滅の情報のなかで、避難所の様子がテレビに映った。
 兄に違いないという知らせ。一週間ほどで肉親家族の無事が何とか確認できた。
 地震から16日目の27日未明に石巻に着いた。市内はまるでスクラップ状態だ。
 これはなんだ! なんとも酷い! 魚市場からその日全国に向けて発送する魚を積んだトラックを出発直前に津波が襲い、膨大な量の魚が一帯に投げ出された。
 日数が経ってその臭いが強烈な川口町や湊地区では、ところどころに炊き出しに人が集まり、崩れた自分の家から使えるものを拾う人々の姿が見られた。
 人気の無い倒壊家屋の窓のカーテンが風に煽られバサバサと音を立てた。
この状態から日常を取り戻そうとするふるさとの人々の営みを、身近なところから写真に収めたい。(2011.3.29 橋本照嵩)

漁港

石巻漁港

頑張れ!ふるさと石巻 1
2011, 3月 29th


 春風社から写真集『北上川』を出したカメラマンの橋本照嵩さんは宮城県石巻市ご出身です。今回の東日本大震災では大きな被害を受けました。
 橋本さんは26日、27日の二日間、知人の車に同乗させてもらい、石巻に入り、惨状を目の当たりにしてきました。
 『北上川』に写っていたふるさとが見る影もありません。メガネを二重に掛けた橋本さんのお兄様の表情は、はぐれてしまった三つ子のそれです。
 「ぼこちゃん」の愛称で親しまれている弟様ご夫婦が営む橋本さんのご実家「横浜屋」の前は瓦礫の山です。  「ぼこちゃんのお兄様ですか。ぼこちゃんに似てますね」と、近くにいた人から声を掛けられたそうです。
橋本さんは、これから定期的に石巻に帰り、ふるさとの人々が立ち上がっていく姿を写真に撮りたいと語ってくれました。そのつど、ここで紹介したいと思います

広小路

石巻市広小路 横浜屋は橋本実家

大津波新聞写真 河北、石巻かほく、読売、朝日から。

祖母と孫の生存ニュース
この少年の母は中学校での教え子で、千葉にいる娘の高校時代の親友。


奇跡 門脇2丁目
門脇町は故阿部清八元会長宅があった。TVで見ると
周りは文化センターと市立病院しか残っていない。
今日4月3日日和山から見ては更地状。階段を下りて行ったが
瓦礫で塞がれ道路がない。

東城照夫web日記・関連記事と写真 



門脇町5丁目の少し山に上がった所で絵画教室を開いていた
女子高同期の末永(荒川)さんの家は津波を避けたのに
間もなく起きた近所の火事で類焼。
火は山の根に津波で寄せられた多くの車が潰されて流れ出たガソリンに次ぎ次ぎ移り残骸を長さ1kmくらい燃やした。
門脇小校庭に流れ込んだ車と家が同様に燃え上がり校舎まで全焼させた

船が2階の窓に  園児送迎バス 日和幼稚園バス 園児送迎バスの背景は門脇町と南浜町と思われる。
その向こう南光町に故武田創立会長宅がある。全壊した製紙工場の隣りだ。
4月3日見舞いに行く。工場の塀を破って再生紙原料の古紙の束(太さ1m長さ2m)が多数流出してきて武田先生の家の門柱、玄関、1階を突き抜けた。
武田宅前 門柱・植木が倒され塞がれ入口が無い。
裏から入って見たら広い庭も瓦礫でいっぱい。東城撮影
武田先生宅ーss 水を含んで2トン位の重量になった古紙塊が
1階内部で暴れた。東城撮影
作品展示室のアトリエは2m水没
旧宅の隣に息子さんが建てた新しい家も2m浸水した。
ピアノが駄目、ワゴン車も屋根まで水没。

南光町には元会員大和きよ子さんの家もあるし、
中学とカルチャー油絵教室の教え子二上謙二郎君もいる。

中瀬 中瀬北部にある宇宙船みたいな石の森萬画館も1階は泥だらけ。 
中瀬の南部にはシーフレンドという名の遊覧船とレストハウスがあった。
遊覧船はヨットなどと一緒に内海橋に乗っかり、
レストハウスは2階部分だけがハリストス教会の脇まで300m流された。
あと僅かで川に落ちるところで止まっている。
左下に写っている父娘.畑山しるくちゃん(湊中1年)
は蛇田、吉田保育園での絵の上手な教え子。
中瀬-ss 4月3日 日和山から中瀬を東城撮影

湊では会員の讃岐さん夫妻の家は平屋だったので
流しの上の湯沸かし器の上に逃げた。少し水が引いてからテーブルの上に箱を置き
其の上で濡れた服のまま真っ暗な1夜を明かしてから湊小4階に避難。

吉野町2丁目 御所の入り
吉野町2丁目(左手奥に讃岐さんの家)石巻かほく掲載

湊小ーss 4月3日東城撮影 
避難所になった湊小学校が奥に見える。
近くの川岸に同級生で同僚だった佐藤夫妻の家があったのだが。

会員加納さんは2階でずっと籠城。停電と電話故障で通じないから心配した
住吉小近く、堤防の無い川岸にいる橋本副会長は
幸運にもその日、蛇田の旧宅に夫妻で行っていた。
堤防近くの平塚さんは住吉中学校に避難。
渡辺さんは立町で働いていたので湯殿山の階段を駆け上った。
家は水明町だから冠水、
同町の皆川さんは車3台のうち2台が駄目。
石巻市立町 車の下にピアノ 立町の楽器店からピアノが流出、車が乗り上げる。

野蒜で脱線 地震で停車、乗客避難後津波で脱線、近くの野蒜小に突っ込む。野蒜小学校体育館に避難した人たちは3mの浸水でギャラリーに逃れたがおぼれた人とその夜の寒さで凍え死んだ人が20人くらいとか。 
野蒜脱線事故の線路そばに宮城水彩画会参与、石巻水彩画会顧問の
佐々木静江さん宅、故阿部鉄三さん宅がある。
静江さんの弟子手代木りつ子さんはご主人と共に亡くなった。
他の野蒜水彩教室の生徒達はどうなったか。

o女川町役場から-ss このあと更に増水。役場4階でも駄目。
向かいの生涯教育センターも5階まで浸水。
津波に呑まれる寸前  屋上に逃げても駄目だった人々。(この後流された)oマリンパル女川-ss マリンパルの4階も駄目。
  電柱にガスボンベ 電柱にガスボンベが?ここは坂の上
o女川港-ss 女川港  o女川浜-ss 女川浜
女川には黄土展。市美展、河北展の貝広さんがいる。
町役場の4階の窓まで津波が来たそうだから、助からないか?
 

テーマ : 東北地方太平洋沖地震
ジャンル : 日記

阿部雅昭さん情報

グーグルの災害情報で検索した。

雅昭さん情報

テーマ : 東北地方太平洋沖地震
ジャンル : 日記

石巻地方大津波

石巻の情報をブログで発信している人がいました。渡波出身 筑波大学情報科学科  石森大貴さん 1990年生まれ

石森さんのブログから
気になるコト 20日現在のまとめ 石巻周辺


上掲のブログの写真から5枚を抜き出し、私のコメントをつけさせてもらいました。

石巻工業港から津波が大通りを真直ぐここ中浦橋まで車などを流し込んだ。

中浦橋のたもと? 1 カメラのキタムラ 2 大街道西 3
 
バイパス 4  石巻駅-仙石線 5
3枚目もその近く大街道西。4枚目はバイパス工業高校の近く
5枚目線路左側の駅前北通りには会員千葉さんがいる。近くの樹木の葉に
冠水泥の痕が私の顔の高さまであった。
息子さんがスェットスーツを着て泳いで自衛隊のボートを呼んできて
90代の両親を中里小まで避難させた。テレビもパソコンも冷蔵庫も駄目。

この踏切南側の清水町に高校時代演劇部で女子高同期の人の家があり、訪ねた。
高校先輩83歳のご主人と77歳の彼女も息子がスェットスーツで自衛隊ボート
を呼びに行き山に避難したと。玄関から船に乗ることができたなんて。


twitter #ishinomakiさん
#ishinomakiのリアルタイム結果

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プロフィール

みやぎのルノアール

Author:みやぎのルノアール
宮城県石巻市の絵画愛好会です。昭和47年から写実洋画中心に研修、発表を続けています。
津波で市美術展、市文化祭の会場になっていた文化センターが廃墟になりナリサワ文具店2階しか
展覧会場がなくなりました。復活まであと10年辛抱します。
会長 東城照夫
宮城県石巻市向陽町2-26-14

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