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頑張っぺ!石巻

6月23日 石巻かほくに載った記事。まんぼう画会副会長橋本和也さんの弟さんでプロカメラマン。
石巻かほく

                                石巻かほく  三陸河北新報社

以下は下記のブログからの転載。
春風社 港町横浜よもやま日記

頑張れ!ふるさと石巻 6
6月 2nd, 2011

4月21日、湊第一小学校の体育館では湊第二小学校と合同の始業式が、音楽室では入学式と入園式がおこなわれた。
始業式の校歌はふたつ。子供たちはマスクをしたまま「太平洋は呼んでいる~」と、静かに歌った。
新入生は22名。一人の若いお父さんが亡くなった妻の遺影を両手にしっかり持っていた。
若い母親は、大地震直後、魚市場近くの水産加工場から車で、一粒種の娘を迎えに幼稚園に駆けつけた。途中の渋滞を大津波が襲った。卒園式の前日だった。
車のナンバーから一週間前に発見された。死化粧の母を見た少女は、「お化粧はママのほうがうまいよ」と言った。(橋本)


頑張れ!ふるさと石巻 5
6月 1st, 2011

4月20日、炎上した門脇(かどのわき)小学校へ行った。正面玄関に燃え尽きた3台の乗用車。近くにトランペットが一つ光っていた。校庭には、焼けただれて茶色になった車がうず高く積まれていた。
小学校は町に「時」を刻んだ。運動会の行進曲。放課後の子どもたちの喚声。下校時間を知らせるスピーカー。
門脇小学校三年生の涼風真世ちゃんが北海道へ転校のとき、友達が手を振って見送ってくれた教室の窓…赤いランドセルの少女は、振り返って手を振り、先生にお辞儀をしただろう…その校庭がやがて宝塚の大舞台に…。
石巻には今も、行方の判らない方が2700人余りいる。(橋本)


石巻市門脇小

石巻市南浜町から門脇小を望む

橋本ブログ_fig3

燃えながら流れてきた家が校舎にぶつかり延焼

頑張れ!ふるさと石巻 4
5月 25th, 2011

4月7日、気になる北上川追波(おっぱ)河口へ行った。右岸の釜谷(かまや)、大川地区は瓦礫と化し目を覆うばかり。河口最先端部の長面(ながづら)尾埼(おのさき)は浸水のため一般車両は通行止め。
対岸(左岸)の吉浜(よしはま)や十三浜(じゅうさんはま)は、自衛隊の車両もパンクするというのでとても行けない。
北上大橋左岸部(橋浦)の橋梁の一部は上流へ流され、右岸堤防は決壊し、地面はえぐられ、住居はその土台まで破壊されていた。
。(橋本)

十三浜

石巻市北上十三浜。 近くの石巻市北上支所は全壊。吉浜小は3階まで水没、
平屋の飯野側高校十三浜校は流失。対岸の大川小学校も屋根まで水没。


頑張れ!ふるさと石巻 3
5月 24th, 2011

河口から2.6キロほどのところに位置する、北上川右岸辺りの兄の2階建て家屋は、1.3メートルほどの浸水。1階床を4~10センチのヘドロが覆った。
遺体捜査の自衛隊ヘリコプターが連日川面を低空飛行する3月末から10日間、ヘドロ掻きだし、ゴミ出し、清掃にいそしむ。消石灰を撒き終えたときはホッとした。
断水と停電のなか、支援のおにぎり をおじやにし、インスタントラーメン
を食す。自然解凍のホヤがさらに活力を与えて くれた。
石巻市牡鹿半島先端部の鮎川港は1.2メートル、市平均78センチ地盤沈下した。(橋本)

頑張れ!ふるさと石巻 2
3月 30th, 2011

ふるさと石巻が大変なことになった。肉親の安否が分からない。河口西側の市民病院は水没。
ひばり野海岸に面した南浜町、門脇地区、河口東側の川口町、魚市場や湊地区は津波による壊滅の情報のなかで、避難所の様子がテレビに映った。
 兄に違いないという知らせ。一週間ほどで肉親家族の無事が何とか確認できた。
 地震から16日目の27日未明に石巻に着いた。市内はまるでスクラップ状態だ。
 これはなんだ! なんとも酷い! 魚市場からその日全国に向けて発送する魚を積んだトラックを出発直前に津波が襲い、膨大な量の魚が一帯に投げ出された。
 日数が経ってその臭いが強烈な川口町や湊地区では、ところどころに炊き出しに人が集まり、崩れた自分の家から使えるものを拾う人々の姿が見られた。
 人気の無い倒壊家屋の窓のカーテンが風に煽られバサバサと音を立てた。
この状態から日常を取り戻そうとするふるさとの人々の営みを、身近なところから写真に収めたい。(2011.3.29 橋本照嵩)

漁港

石巻漁港

頑張れ!ふるさと石巻 1
2011, 3月 29th


 春風社から写真集『北上川』を出したカメラマンの橋本照嵩さんは宮城県石巻市ご出身です。今回の東日本大震災では大きな被害を受けました。
 橋本さんは26日、27日の二日間、知人の車に同乗させてもらい、石巻に入り、惨状を目の当たりにしてきました。
 『北上川』に写っていたふるさとが見る影もありません。メガネを二重に掛けた橋本さんのお兄様の表情は、はぐれてしまった三つ子のそれです。
 「ぼこちゃん」の愛称で親しまれている弟様ご夫婦が営む橋本さんのご実家「横浜屋」の前は瓦礫の山です。  「ぼこちゃんのお兄様ですか。ぼこちゃんに似てますね」と、近くにいた人から声を掛けられたそうです。
橋本さんは、これから定期的に石巻に帰り、ふるさとの人々が立ち上がっていく姿を写真に撮りたいと語ってくれました。そのつど、ここで紹介したいと思います

広小路

石巻市広小路 横浜屋は橋本実家
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プロフィール

みやぎのルノアール

Author:みやぎのルノアール
宮城県石巻市の絵画愛好会です。昭和47年から写実洋画中心に研修、発表を続けています。
津波で市美術展、市文化祭の会場になっていた文化センターが廃墟になりナリサワ文具店2階しか
展覧会場がなくなりました。復活まであと10年辛抱します。
会長 東城照夫
宮城県石巻市向陽町2-26-14

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